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    古谷実 (講談社 ヤンマガKC)

    傑作(30点)
    2023年7月23日
    ひっちぃ

    貸しボート屋を営む母親と二人で暮らしている中学生の住田祐一は、日々の貧乏暮らしの中で夢を持つどころか自分のやりたいことすら持てず、特別な人生を送りたいと願う普通の人々をバカにしながら平凡な人生を送ることを願っていた。そんな彼に絶望的な転機が訪れる。青年マンガ。

    大ヒットギャグマンガ「行け!稲中卓球部」を世に送り出した古谷実が、「僕といっしょ」「グリーンヒル」とギリギリを攻めたギャグマンガを描いた末に、ついに明確な一線を踏み越えたのが本作だと思う。二十年ぐらい前に既に一度読んでいるのだけど、正直当時はよくわからなかった。今回再読してみて、まあおもしろかったし、あいかわらずよくわからなかったけれど、二十年前よりは理解が進んだ気がした。

    まずは主人公である住田祐一の独特な独白から始まる。日本では一日平均二千五百人が死ぬけれど、多くの人は自分が死ぬとは考えていない、と中学生らしからぬことを言って世間の人々をバカにしている。それは、特別なものになれない自分に言い聞かせているようでもあった。

    そんな彼の平凡な人生はあるとき急に転機を迎える。

    ネタバレになるので書かないけれど、客観的に見てどんどん不幸になっていく彼は、いわゆる「特別な人生」を送るようになっていく。あくまで彼はそれを平凡のうちだと言い張りつづけるが、ついに自分をごまかせなくなってしまう。そこで彼は、自分の人生につじつまをつけようと、悪人を求めて徘徊するようになる。

    冒頭いじめっ子に追いかけられている子の足を払う一方で、同級生の夜野正造のことはいじめから助けたことがあり、彼の盗癖については常にやめるよう言っている。彼の正義感がよくわからない。窮屈すぎる人生を送っていた彼は、徐々に自分に対する言い訳でがんじがらめになっていったということなのだろうか。

    そんな彼を心配して、謎の長身女子茶沢さんが近づいてくる。しかし、誰かに救われたがっているわけでもない彼は、彼女のことをうっとうしく思ってあの手この手で本気で拒絶する。しかしそれぐらいのことで彼女は引かないのだった。

    この作品にはヤングマガジンが得意とする(?)エロとバイオレンスがあり、ヤバいやつらが軽々と日常の一線を越えてヤバいことをする。生まれながらの大悪人じゃなくて、うだつの上がらない人生を送ってきたと思われるどうしようもない人間たちが、そんな人生を送ることで歪んでいった自らの定規で自己を正当化して道を踏み外していく。窃盗、強盗殺人、暴行、放火。

    一方でヤバくない人も出てくる。漫画家を目指している小野田きいちは、入院中にマンガと出会い感動して自分も描きたいと思うようになる。そんな彼はひたむきに努力を重ね、ついには漫画賞を受賞する。ありきたりなことを言うと、作者の古谷実は自分のことをそんな風にたまたまいい流れに乗った人間だと思っていて、なにかが違っていれば自分もまた別の一生を送っていたかもしれないと言っているのかもしれない。

    終盤になって迷走する彼に対してやくざの男がお前は病気なんだと言っていて、それは本当にそのとおりだと思う。でもそれは男が考えるようないずれ治る病気ではなくて、長いことかけて精神を蝕んできた治らない病気だったのだろう。

    この作品、クライムサスペンスとしては分かりやすくて結構楽しめると思うのだけど、主人公の心情が分かりにくくてというか全然分からなくて多くの人は読んでも多分しっくりこないと思う。でも人間誰しも彼と同じように何かの思い込みに縛られて生きている。少なくとも自分はそういう物語として理解した。

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