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  • オレたちバブル入行組 他2作 (半沢直樹シリーズ1〜3)

    池井戸潤 (文芸春秋 文春文庫)

    最高(50点)
    2014年2月2日
    ひっちぃ

    メガバンクの支店で融資課長をやっている半沢直樹が、上司の肝いりで開拓した中小企業への融資を検討することになるが、十分な与信をしないうちに半ば強引に稟議を上げられて通され、結局5億円の債権が焦げ付いてしまう。銀行という硬直した組織の中で彼の言い分は圧殺されて大きな責任問題へ発展しようとするが、なにかがおかしいと気づいた彼は同期のパイプと軽いフットワークで調査を始める。企業小説。

    2013年にTBSでテレビドラマ化され、ご存じ「倍返しだ!」というセリフが流行語となるほど大ヒットした。テレビドラマのほうを見てみたかったのだけど再放送される気配がないので、この原作の方を読んでみた。

    題が「オレたちバブル入行組」とあるように、バブル世代で大手銀行に入行した主人公たちは、本来であれば何不自由なくエリート街道を突き進んでいけるはずが、その後の長期的な不況により思っていたのと違う不本意な状況で働かざるをえなくなり、硬直した組織の中で暗闘する日々が背景となっている。そんな中で半沢直樹は、上司や会社や役所に言いたいことを言って煙たがられ、潰されようとするところを痛快にやりかえすのが気持ちいい。

    じゃあストーリーはどうなっているのかというと、一作目は貸し出し先の中小企業のことを調べているうちに計画倒産の可能性があることに気づき、社長がどこかに資産を隠しているのではないかというところにたどり着いて、途中で親しくなった債権者仲間の社長とともに探偵まがいのことをする。銀行ならではの証拠探しと発見があって面白い。前にも会計士を扱った小説がプチヒットしていたけれど通じるものがある。まあそっちは天才女子大生を主人公にしちゃったのであまり多くの共感を得られなかったんだろうなあ。半沢直樹のほうもとても有能なのだけど、奥さんの仕事への理解のなさに辟易したり、なんだかんだで組織の圧力にやられたりする一方で、普通の社会人なら言いにくいようなことをガンガン言って溜飲を下げてくれるところがあるので人気に火がついたんじゃないかと思う。

    二作目はうってかわって銀行内の派閥争いと老舗大企業の再興がテーマになっていて、そこへ金融庁の査察という強制イベントが絡んできて緊張感が増している。そのうえなんと、左遷で中企業に出向させられた同期がワンマン社長や子飼いの家臣と銀行との板挟みになって苦しみ戦う物語が平行して描かれるという大ボリューム。

    三作目はついに証券子会社へ出向させられた半沢直樹が、せっかく取った企業買収の仕事を親会社に横取りされ、今度は逆に買収防衛側に回って戦う話。題が「ロスジェネの逆襲」とあり、バブル以降のさらに不遇なロストジェネレーション世代の若手社員にスポットライトを当てて、バブル世代の社員への不平不満を言いながらも自分のやるべきことを見つけていく物語にもなっている。

    余計な描写がなくて展開が速い。ライトノベルばっか読んで海外小説のやたら細かい描写にイライラする自分のような読者にはありがたい。

    一作目は貸した金返せっていう単純な話なので分かりやすいけれど、二作目は老舗ホテルの与信をめぐる戦いになっていて、そのホテルの財務状況次第で銀行が巨額の貸し倒れ引当金を積む羽目になるかどうかで綱引きが行われるので、ホテルが倒産しないうちになぜ銀行がピンチになるのか実感がわかない読者もいるんじゃないかと思うのだけど大丈夫なんだろうか。

    二作目で出向させられた銀行マンの不遇が描かれるのだけど、左遷といっても銀行からの出向を受け入れられるほどのそこそこの規模の会社で四十そこそこで総務部長なんだからまだいいじゃないかという当然の妬みにさらされるのだけど、その出向のせいで万年課長どまりになっているプロパー社員の不平不満が描かれているのでなんか安心した。なんだかんだで銀行員って今の時代でも十分すぎるほど恵まれていると思うので、銀行員の視点ばかりだと読者がついていけないんじゃないかと勝手に心配していた。

    社会人はなんだかんだで人脈がすべてだということに軽く絶望してしまう。作者がOB同志仲のいいことで知られる慶応大学出身だけあって、半沢直樹が同期の特に渡真利(とまり)の情報網に助けられるシーンが多い一方で、敵役たちも元上司と部下だったり同じ支店で働いていたりしたつながりで連携して半沢を潰しにかかってくる。

    すごく穿った見方をさせてもらうと、この作品は女性の使い方が素晴らしい。仕事の上では女性が一切登場しない。一人ぐらい女性の同僚とか上司を用意して不自然に活躍させるような作品が多い中で、女性読者に媚びていないところがよかった。そんなことされると途端にウソくさくなっていただろうなあ。じゃあ女性をどこで活躍させるかというと、半沢直樹の妻の「花」かというとこいつも悪妻で半沢の心の重しになっていて、唯一自宅を捜索しにきた捜査官に悪態をつくところだけが見せ場になっている。ならどこなのかというと、終盤の一番盛り上がるところでとてもいい役割で登場する。ウーマンリブなんかと逆行するけれど、少なくともこの男くさい物語の中ではこれが一番印象的でいい形だと思った。いまふと思ったけれど、テレビドラマ化されたときにドラマの脚本家がこのへんをヘンに配慮して妙な女性キャラを配しているんじゃないかと心配になった。

    ごく個人的な希望を言うと、一作目で中小企業への貸し出し、二作目で大企業への与信、三作目で新興ベンチャー企業の買収の手伝い、と銀行の様々な業務を扱ってきたのだから、今度はぜひ企業への貸し出し以外の預金の運用方法に焦点を当ててほしいなあ。土地開発をどうやっているのかとか、国債ばっか買っちゃってるところとか、まだまだ銀行について知りたいところがあるので扱ってくれないかなあ。

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