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    手嶋龍一 (新潮文庫)

    まあまあ(10点)
    2011年3月3日
    ひっちぃ

    表の顔はBBC東京特派員、裏の顔は英国諜報部の別働隊、という大の日本好きの英国人スティーブン・ブラッドレーが、同盟国アメリカの友人や日本の官僚や企業の助けを借りて、北朝鮮製の偽ドル札、通称ウルトラ・ダラーを追う。NHKの記者だった作者が、各所で手に入れながらも記事に出来なかった情報を元に、スパイ小説という形で創作したもの。

    作者はNHKのワシントン特派員だった手嶋龍一。以前この人のFSXに関するノンフィクションを読んでまあまあ面白かったので、この人の代表作である本書をいつか読んでみようと思っていたら、ブックオフで105円で並んでいたので(こればっか)買って読んでみた。

    序盤はちょっと退屈。職人の失踪事件、浮世絵のオークション、ドル札の紙を納入している会社、印刷機械を製造しているスイスの会社や貿易商、と偽札に関連する各所についてごく簡単に描写される。いかにもそれっぽい人物がそれっぽい台詞を吐くのが少しイラっとするけれど、サラッと流せるのでまあいいかって感じ。

    その後やっと主人公が登場する。日本贔屓の英国人。日本語が達者で、浮世絵なんかにも詳しく、篠笛なんてのを学んでいたりする。はっきりとは書かれていないけれど、田舎にマナー・ハウスを持っていて執事までいたというから英国貴族なのだろう。オックスフォードを出てから英国諜報部の面接を受けたときに、反骨精神が出てしまったために上の人間から嫌われて本部にはまわされず、諜報部の別働隊であるBBC(イギリスの国営放送)の特派員となる。上からの指示を受けてスパイ活動するときに、「シネマ紀行」などの番組の企画をでっちあげて好きな場所に行けるという強みを持つ。また、ローズ奨学生としてオックスフォードに留学していたアメリカ人のコリンズは、アメリカの諜報機関に職を得ており、スティーブンとは頻繁に連絡を取り合う仲となっている。と非常にリアリティのある(?)設定が素晴らしい。

    ヒロインは主人公の篠笛の師匠である麻子か。和服を着た美人で、たまにカジュアルに着替えてデートなんかしたりする。コンサートでときどき世界を回る。たぶん上流階級の人たちとの人脈の太そうなセレブ。スティーブンの頼みで人から情報を取ってくるようなこともする。

    官房副長官つまり日本の官僚のトップとして、高遠希恵という女性を配しているところが萎えた。こんなところで女性読者に媚を売ってどうするんだ。リアリティ台無し。アメリカ人コリンズの上司もイタリア系の女性だし。なんか気持ち悪い。

    物語は北朝鮮の偽ドル札の尻尾を掴もうとするところから今度はその偽ドル札を使って北朝鮮がなにをしようとしているのかというところに行き、最終的にその取引現場を押さえようとする場面がクライマックス(?)となる。正直私はこの作品をあんまり面白いと思わなかったけれど、このあたりの話の運び方はうまいと思った。映画みたい。

    でもエピローグの二つの柱がいまいちでがっかりした。国際情勢に詳しいはずの作者がまさかここで日本の植民地支配うんぬんを持ち出すのか。ネタとして描いたとは思えないほど感情的な演出がなされている。それに突如とした暴力的な展開。インテリジェンス(スパイ・諜報)の世界でいきなりなんの警告もなくこんな展開になるのはありえないと思う。余計なお世話だろうけど、実力行使のほのめかし程度に収めてとりあえずめでたしめでたしにしておけばよかったんじゃないだろうか。

    解説を元外交官で作家の佐藤優(鈴木宗男の腰巾着と言われていた人)が書いている。「神は細部に宿り給う」と、この作品のディテールの細かさが魅力だと言っていて、その点についてはまさにそのとおりだと思った。作品中に出てくるロシアの北朝鮮大使館について、作者の描写が大体正しいこと、微妙に違っている点なんかを説明していたりと、外交官だった頃の視点で解説していて少し面白い。

    この作品、プロットがとても面白いし、描写も割とそつなくて悪くないのだけど、登場人物に魅力がないんだよなあ。なぜだろう。単に読者の私が彼らを妬んでいるからなのだろうか。エリートスパイ、エリート官僚、セレブ文化人、ベンチャー起業家。うーん。人物の会話のシーンが極端に短くてあっさりしているからだろうか。これ作者の処女小説だっけ?変に作りすぎていないところは好感が持てる。女性官僚がストレス解消に外人美容師に整髪を頼んだり、男性官僚が家庭不和を抱えていたりと、キャラクターに魅力を持たせようとする描写があるのだけど、ぜんぜん好感が持てなかった。主人公のスティーブンはちょっとかわいいとこあるなと思って好きになりかけたけど、どうもいま一歩だった。でもあんまりがっちり書きすぎるとウザッて思われるかも。そのままだと味気ないノンフィクションもどき小説に作者がサービス精神でほどほどにキャラクター性を入れたのだと考えればこんなものなのだろうか。

    私が思ったほどこの作品を楽しめなかったのは、事前知識がある程度あったからだというのも大きいと思う。解説を書いている佐藤優の本も読んだし、それ系の話を既に他にいくつか読んでいたから、本書に出てくる本来なら魅力的な設定が色褪せて見えてしまったのかもしれない。あまりこういう本を読まない人なら割と楽しめそうな気がする。

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