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    ヤマシタトモコ (祥伝社)

    最高(50点)
    2011年1月5日
    ひっちぃ

    まったくキャラクターの異なる六人の若い女性が、互いに交流を持ったりすれ違ったりする中で、自分とは異なる人に対して憧れや妬みなどの様々な思いをぶちまける話。連作短編で群像劇。

    「このマンガがすごい!2011」(宝島社)のオンナ編とやらで第一位になったとオビに書いてあったので興味を引かれて買ってみた。このシリーズのランキングはいままでの私の感覚だといまいち納得できない感じがしたけれど、この作品はとても良かった。

    一人目の女性は活発な美人。ある日突然、勤め先で仲の良かった女友達が、同じ職場の男と付き合うことになったと揃って報告を受ける。なぜ自分は選ばれなかったのだろう。相手の男はあまりパッとしない感じではあったけれど、好きだと言われたら付き合う準備はできていたのに。そりゃあ女友達だって話は面白いし魅力的な女ではあるけれど、自分はそれなりに美人だと思うし、なのにどうして自分よりも醜くて性格も悪い女が売れて自分は選ばれないのか。行きつけの美容院でついついリラックスして漏らす本音、「…モテたい」彼女のモテない理由が、クツをカギに語られ、男が萎縮しているさまが描かれる。美人という設定の女性が、自省するように感情をあらわにしていくところが魅力的な一篇。

    二人目の女性は、さきほどの女性が行きつけている美容師の女性。仕事に掛かりっきりになるうちに、外見は若いままだがいつのまにか三十を超えてしまった。そこに客として現れる、まるで石田純一のような不倫男。このナンパな男は、手当たり次第に女を口説いていくいい加減なやつだが、自分にとって一番大切なものが妻と家庭であり、決してそれを捨てるようなことはしない。そんな男なりの価値観が自分にもあるのだと美容師の女性は気づく。自分が大切に思うものを守ってきた結果としていまの自分があるのだと。だから、あえて今の自分を踏み出してジョーカーを引くようなことはやめようと思う。この話は主人公の女性に対する掘り下げはほどほどに、客の秘密をしゃべってぶちこわしたい衝動に駆られるドキドキ感と、不倫男だけでなく不倫される妻のほうにも価値観があるのだということがメインになっちゃっているので、真実に迫ったとてもいい話だけど少し物足りなさがあった。

    三人目は女子高生。周りの友達からの同調圧力を受けて日々過ごしているが、なんとなく付き合っていた男子学生からちょっとエッチなことをされそうになり、避けて気まずくなる。周りはみんなやっているというのに自分はおかしいのだろうかと悩む。そんなとき、髪が真っ白で蓮っ葉な隣近所の年増の女性が女同士で口づけをしているところを目撃してしまう。普通でないことをやっているその女性に対して興味を抱き、交流が始まる。普通ってなんだろう、みたいな話。同調圧力の正体は、個性に乏しい平凡な人々が、ちょっと魅力的な個性を持った人を引き摺り下ろすための悪意なのではないか、のようなことを言っているところにうなずいた。で、主人公の女子高生が悩む原因となった男子学生について最後、とてもいい絶妙な結びをしていて、この作品の底深さを感じてうなった。

    四人目の女性は、一人目の話で舞台となった職場に本社から指示を持ってやってくる女性。そこそこ美人なのに化粧っけがまったくなくて、その理由を陰で詮索される。実は彼女は昔、自分の母親が一度だけ不倫したところを目撃してしまい、それからなぜか突発的に自暴自棄な症状を発症してしまうようになっていた。…なんかストーリー丸写しになってるな。ネタバレになるのでやめておこう。ともかく、自傷的な症状というのはこうして出来るのか、という興味深い話。

    五人目の女性は、一人目の話で美容院にいたフェロモンぷんぷんの女。モテるためならどんな努力も惜しみません、私は男が大好きです、という感情を全身から発している女性として、一人目の女性から複雑な感情を向けられていた彼女には、付き合っている男がいた。しかしどうやら彼はこのご時勢、女としての魅力しか持たない働くことのできない彼女とは結婚してくれる気がないらしいことに気づく。そんな中、女らしさに欠ける勇ましい同僚の女を彼から紹介される。ずっと実家暮らしで恵まれた家庭に育ち学を身につけ男と同等に働く彼女に対して愛憎を抱き、ついには…。この話の結びのギャグがウケた。巻末の後日談もとても味わい深く、作者の人間観察眼に少し感動した。でも、彼女の愛憎の愛のほうがいまいち理解できなかった。

    六人目はこの連作短編の締めとなるにふさわしい、男のほうから女一般を眺める感じの話。男は付き合っている女に迫ると三回に一回は拒絶されてヘコむ。で、そんな弱気な気持ちでちょっとおどおどしながら、女に対して女一般についてとりとめもなく語っていく。そうしているうちについに踏み込んだ一言を無意識に口にしてしまう。それを聴いた女の反応は…。うーん、これ、ないと思う。こんなことを言う女っているんだろうか。でも、こんな人がいたらいいなあ、と思う。

    すごく味わい深い作品だった。通勤中に一時間ぐらい掛けてじっくり電車の中で読んでしまった。

    話の内容だけでなく絵もいい。特に、一人目の美人だけどモテない女性がかわいい。これだけタイプの異なる女性が見事に描き分けられている。男たちもよかった。手足の筋とか足の指とか、生々しいわけじゃないけど生身の人間感がしていい感じ。

    ただ、漫画の技法的に、独白の描き方というか演出が込み入っていて分かりづらいところが目立った。じっくり読んでもそう思ったのだから、普通に読んだらすんなりとは読めないと思う。

    女性の持つ悩みとかコンプレックスなんかがとても魅力的なのだけど、これもうちょっと男に寄りかからずに自分でも動けば?って言いたくなるような状況が多くて、それについての問題意識の無さについて、これはこれでしょうがないとは思いつつも、読んでいていらだってしまう。少なくともいまの日本の女性のリアルな感情とはこんなものなのだろう。女バブルが破裂して最近わずかずつ変わってきているとはいえ、すぐにドラスティックに変わることは期待できないことも感じてうんざりしてしまう。作者や作品のせいではないのだけど。

    この書評を書くためにうっかり再読してしまった。この分だと死ぬまでにあと二回か三回ぐらいは読みそう。興味を持てない人にもぜひ読んでもらいたい作品。

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