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  • 空の境界 (上)

    奈須きのこ (講談社文庫)

    いまいち(-10点)
    2010年10月21日
    ひっちぃ

    いわくのある良家、両儀家の令嬢の式(しき)は、遺伝的に織(しき)というもう一つの人格を持っていたが、高校生の頃の謎の事故による二年間の昏睡状態からの奇跡的な生還のあとに消えうせ、代わりにあらゆるモノの死を視ることが出来る「直死の魔眼」を持つようになった。普段から着物を着ている日本的な美人でありながら気難しい性格をした式のまわりには人がよりつかなかったが、同級生の黒桐幹也だけは例外で、二人はともに謎のデザイナー蒼崎橙子のところに身を寄せ、裏で魔術師を名乗る彼女に関わって不思議な事件を解決していく。人気の同人小説が大手出版社から改めて出版されたもの。

    作者はゲームの制作会社に所属しているライターの人だというから、ゲームの世界から小説の世界に飛び出した才能なのかなと思っていたら、どうやら最初にウェブ上で公開した同人小説があり、その後に有志が集まって同人ゲームを作り、そこから会社組織になったらしい。ここのゲームをやった私のネット上の知り合いが言うには、やたら文章の量が多くてボリュームがあるらしかった。「ひぐらしのなく頃に」みたいなものか。

    というわけでいつかこの作品を読もうと思っていたら、そのときが意外なほど近くやってきた。なんとブックオフで三分冊の上巻が早くも105円で売られていた。新品は新書サイズでそこそこ高かったのでまだまだ先かなと思っていた。

    で、少し期待して読んでみたのだけれど…。

    主人公の式が持っている独自の論理についていけなかった。なんと彼女は、人を殺すのが好きなのだ。だからといって手当たり次第に殺すわけではなくて、自分の目にかなった対象だけを殺す。この判断基準が意味不明で、殺すと言ったり殺さないと言ったりする。

    たぶん作者もファンもまずヒロインの式を重視していると思う。制服のない高校に着物を着て登校する。さらにその上から赤いジャケットを着ているので和洋折衷な感じ。そして戦いのときは純粋に切ることが目的のようなシンプルな短刀を握る。もちろん美人。でも無愛想。そして唯一の理解者?であるかのような同級生の男の黒桐幹也のことを悪からず思っている?という設定。黒桐幹也は大人びた青年で、落ち着いていてあまり感情的にならない。式がいらだちを見せても軽くいなす。でも式に対する疑惑が生まれたときは情熱的なまでの執着を見せる。

    私は読んでいてこのヒロインのことをまったく好きになれなかった。もちろん青年のほうも、彼らの上位者であるデザイナーの蒼崎橙子のことも。青年が比較的読者の視点に近くて、この青年の視点から式や橙子という超常者のことを見上げる形になる。式や橙子は自分たちだけが分かっているかのような会話を繰り広げて、青年と読者を煙に巻く。

    ストーリーも微妙なものばかりだった。上巻は三章に分かれている。最初の章は、式というヒロインのことをざっと紹介するつもりか、連続で起こる謎の自殺事件を式が解決する話。式の持つ不思議な「直死の魔眼」の能力と、式の戦闘力が素早さと思い切りの良さと的確に狙いすまされた短刀によるものだということが示される。

    二章は時間をさかのぼって高校時代の話。式と青年が出会った頃の話。この頃の式には二重人格の織がまだ心の中にいた。真実はハッキリとは示されないが、ほのめかされる内容はかなりやばい。ただやばいだけで面白くない。式や青年の想いに感情移入できない。

    三章は割と面白くて要素的に興味深かった。お嬢様学校の女生徒が不良たちに襲われたときに、不思議な能力を発揮して彼らをねじきって殺してしまう。その能力の秘密とは何か。なぜこのときに能力が発揮され、逆にいままでは発揮されなかったのか。ある障害を抱えた人間の感覚がどうなるか。ちょっと考えさせられた。

    なぜこの作品が「空の境界」という題なのか。最初私はこの題を見て、なにやら空虚に叙景的な題だなあと思った。しかしそれは私の勘違いだった。この作品の読み方は「そらの〜」ではなく「カラの〜」だったのだ。空っぽのカラ。異常者がきたす認識障害について作中で述べている象徴的な言葉を題にしている。

    もしこの認識障害がこの作品の核なのだとしたら、すごく魅力的なテーマだと思う。しかしこれ以上に重要な柱がこの作品にはあって、作品を台無しにしているように思う。それが伝奇性だ。結局はなんでもありってことになってしまうし、最後には式が力で解決するだけの単なるグロいアクション作品になってしまっているんじゃないだろうか。

    まあたぶん好みというものがあって、この作品によって構築されている独自の伝奇的な世界が魅力的に思える人がいるのだろうし、刺激の好きな人にとっては人のむごい死に方の描写が読みたいというのが特に若い層で顕著なのだと思う。

    そんなわけで、私はこの作者の器の小ささを感じて、これ以上この作品が面白くなりそうにないと思ったので読むのをやめた。また続きが105円で売られていて他に読む本がなくなってきたら読むかも。巻末の綾辻行人という人による解説を読むと、これから面白くなりそうなことが書いてあるのだけど、この人に言わせれば最初から面白かったみたいだからどうにも信用できない。

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