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    フィリップ・K・ディック/浅倉久志・他訳 (ハヤカワ文庫)

    まあまあ(10点)
    2009年2月25日
    ひっちぃ

    予知能力者を使って犯罪を犯す前に事前に逮捕し投獄する警察機構が設立された空想未来社会で、その警察機構を創設した男自身が犯罪者として予知され、何者かの思惑と重なり逃げ惑いながら事態を打開しようとする表題作ほか、初期の巨匠たちのあとの世代の人気SF作家ディックの日本に今まで紹介されていなかった作品も集めた短編集。

    ディックといえばまず映画「ブレードランナー」の原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」で、そのあと「トータルリコール」とこの「マイノリティ・リポート」が映画化されたことで広く知られている。特に「…は…羊の夢を見るか?」という定型句は「ディック知ってます」的にちょっと通ぶった自分を演出するためか色々な作品で頻繁に見かけた。

    「マイノリティ・リポート」は映画とは内容が結構違っていて、政治力学という一般には理解されづらい材料が使われている。だから映画では家族愛みたいなものに置き換えちゃったんだろうな。こうして改めて原作を読んでみると、何が本当か分からなさ加減がちょっと微妙な感じがする。でもそれを除けば話の筋はスッキリしていて理解しやすい。政治力学といったって大した話じゃないし。映画は特に最後があわただしくて、非常に劇的ではあったけどちょっと興をそがれたので、それと比べると原作はあっさりに思った。

    「ジェイムズ・P・クロウ」は、人間がロボットに使役される空想未来社会を、黒人と白人に見立てて描いた風刺的な作品。と思って最後まで読むと、このオチが意味するところは…。って全部が全部風刺ってわけでもないんだろうな。私はてっきりこの作品のオチを、ロボットの融通のきかなさと人間のズルさみたいなところに着地させるのかと思っていた。途中まではそこそこ面白かったけどオチにがっかりした。

    「世界を我が手に」は、人類が進歩しなくなり閉塞感が支配している空想未来社会で、人々がミニチュアの地球制作キットに夢中になっている話。これも風刺なのかな?途中で結末がなんとなく分かっちゃったけど、上品に終わっているところがセンスなのかな。

    「水蜘蛛計画」はタイムリープを使ったコメディ。技術的な閉塞状況にあった未来社会の役所が、20世紀の「予知能力者」の助けを借りるためにその時代に行って一人誘拐してくる話。時を隔てた二つの時代のズレみたいなものや、単なるSF作家を「予知能力者」だと思う未来人たちの様子を面白おかしく描いている。素直に楽しかったけどオチがいまいちだった。って、この作品に出てくる「予知能力者」の一人が、自分は作品のオチを重視しない、と言っているとおり、SFにオチを期待するのは間違っているのかも。

    「安定社会」はディックの現存するもっとも古い時に書かれた初期作品らしい。読みながらこれは微妙だなあと思っていたら巻末の解説にそうあったので納得した。

    「火星潜入」は解説にアクション中心の作品だと解説してあって納得した。最初にちょっとした謎掛けがあったのだが、答えがなんか微妙。火星の風俗(もちろん作りもの)がアジアっぽく描かれていて、執筆された当時の流れみたいだったようで、なつかしいみたいなことを訳者が書いていてなるほどなあと思った。

    「追憶売ります」はトータル・リコールの原作なのだけど、原作は着想をそのまま小さく作品にした感じ。映画はそれをさらに冒険活劇に拡張している。原作はアイデア一発ものとしてユーモアのある面白い作品だと思うけど、映画のようなアクションはまったく期待できない。でもディックが本作をアクションものとして描いてもきっと先の「火星潜入」みたいな作品になってあんまり面白くなかっただろうなあと思った。

    ふと本棚を見るとディックの本がなぜか七冊あった。おまけに「少数報告」という題だったときの同じ訳者による古い訳のバージョンが収録された短編集もその中にあった。読んだことをすっかり忘れていた。

    ぶっちゃけ私はディックをあんまり面白くない作家だと思っている。最近、もう読みそうにない本を処分することを進めているのだが、ディックの本は全部捨ててしまおうかと考えている。っていうか海外の作家の作品って総じてつまらないと思う。アシモフはそれなりに読みやすくて面白かったし、ダン・シモンズのハイペリオンシリーズもそこそこ悪くなかったと思うのだが、それらを含めても海外SF作家はいまいちだなあと思う。世界最高のSF作家は星新一なんじゃないだろうか。っていうかSF自体が微妙で、いま廃れているのがとても納得できる。ちなみに神林長平はちょっと前に海賊シリーズを除いて全部捨てた。単に歳をとって好みが変わってしまったからなのだろうか。

    とネガティブなことばかり書いてしまったが、この本はそれなりに面白かった。高校や大学の頃に読んだときは自分の理解力が足らなかったのかもしれない。「…電気羊…」はそれでも独特の寂寥感みたいなのが印象に残ったのだけど。この短編集「マイノリティ・リポート」にはそういういわゆるディックらしさがあまり感じられないので、ディックを読もうと思って本書を手に取ると多分期待を裏切られるだろう。村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」の中でも、なんかダウナーなときにディックを読むと合うみたいなことを登場人物が言っていて、多分ディックの読者はそういうものを求めているんだろうな。でも普通にそれなりに面白いただの短編集だった。

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