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    猪瀬直樹 (文春文庫)

    最高(50点)
    2008年10月5日
    ひっちぃ

    道路公団民営化の顔となった作家の猪瀬直樹が、それにさきだって週刊文春に連載していた役人の無駄遣いについて切り込んだ記事を、単行本にまとめたものを文庫化したもの。赤字国債の常態的な発行が原因となり、無駄な事業や特殊法人に際限なく金が流れ込んでいく仕組みをあばく。

    まず林道の話から入る。山奥の木を伐採するために林道を作る。ほとんど誰も通らないのに立派に舗装され、維持費も含めて一本数百億掛かるとされる道路が紹介される。そうやって伐採されたブナの代わりに、補助金目当てで記号のように大量に植えられた杉が、生育環境を考慮しなかったせいで立ち枯れて土砂災害のもとになる(一方で花粉症の原因ともなる)。林業のための補助金のはずなのに普通に道路整備のために使われる。災害対策のための補助金によって、関連する特殊法人が焼け太りし、天下り官僚たちを肥らせる。

    すべては赤字国債から始まった。財政法上許されていない、税収不足の穴埋めで発行される特例国債の通称。毎回毎回特別に法律を作って発行される。最初に発行されたのは1965年でそのときは十年後にきっちりと返されてこれっきりとなるはずだったが、1975年から常態化する。また、1966年から財政法第四条第一項の但し書きで建設国債が発行され始め、社会資本を整えるという目的もあって赤字国債の多くを占めるようになる。以後、お金がなかったなら使わなかったはずの無駄遣いが垂れ流されることになる。会計監査院は力がないので歯止めにならない。

    縦割り行政の省庁単位でギャンブルを認可した上がりもつぎ込まれる。競馬やオートレースやサッカークジでそれぞれ数百億円も儲けが出る。笹川良一の日本船舶振興会もその一つで競艇の収入で運営され、関連する特殊法人にばらまかれる。基本的に日本の産業を育成する目的で使われ、政府による過剰な支援だとアメリカに目をつけられて叩かれたこともあるみたいだからそれなりに有用ではあったのかもしれないが、情報公開が十分でなく監視されていない。

    国家予算といえば一般会計のことを指すが、それとは別に特別予算があって国会審議をろくに経ずに一般会計の数倍の規模で割り当てられては使われている。前から話題になっている道路特定財源もその一つだ。省益があるから役人は手放そうとしない。

    省庁ごとに公的資格を乱造し、業界を監督するという目的で資格がなければ業務できないようにする。資格を取得したり維持したりするのに民間企業は多くの出費を迫られる。身近な例では運転免許もその一つだ。日本で一番売れているのは免許更新時に配られる交通安全のしおりだという。うすっぺらい冊子が、大量に刷っているにも関わらず信じられない価格で調達されている。

    問題があるのは特殊法人に留まらず、彼らが設立した民間企業に及ぶ。儲かる仕事を自分たちが作った民間企業に高いコストで優先的に発注する。もちろんそれらの会社には大量の元役人が天下る。儲かるおかげで内部留保を多く抱え、一等地にゆったりした事務所を構え、ロクに働かない人々があちらこちらにいる。こうして生まれた特殊法人の大赤字は、住専に六千数百億円つぎ込んだように結局税金で穴埋めされる。

    国債だけでなく年金資金や郵便貯金にも平気で手を出す。国民から預かっているだけの金を使って、ニュースで一時期かなり取り上げられたグリーンピアなどの保養施設を全国各地に作りまくり、その多くが赤字経営で格安で民間に払い下げられた。

    この連載を書いた猪瀬直樹はその後、小泉首相のブレーンとなり、いまは石原慎太郎都知事のもとで副都知事をしている。

    私は週刊文春の連載「ニュースの考古学」を途中から毎週読んでいた。ちょうど道路公団をやっていた頃だった。正直ちょっと文章が読みにくいなと思ったが、地道に調べたと思われる事実と数字数字に圧倒された。と同時に、なぜこれほど大きな問題をマスコミは長年放置してきたのかと不思議に思った。小泉劇場で郵政と道路公団の民営化が取り上げられてようやく日の目を見た。そしていま、いくらか改善はされたが、一体どれだけの問題が解決されたのだろう。それなのにもうマスコミはあまりこの問題を取り上げなくなり、国民は関心を失ってしまった。いまでは2ちゃんねるぐらいでしか大きく取り上げてられていない。

    この文庫版の解説をなんと竹中平蔵が書いている。外資の走狗と呼ばれてネットでも嫌われている。私も確かにこの人はその人脈からして外資の利益のために動いていると考えて当然だと思っているが、純粋に慈善事業で行動を起こす人なんているわけがないので、ちまたで言われるほど悪く思ってはいない。

    竹中は郵貯と簡保を外資に売り渡したと言われるが、そうしなければ結局役人が勝手なことに使ってしまっていただろう。というか現にそうしてグリーンピアとか勝手に作られているのである。それに売り渡したなんて言うけれど、単に外国の投資顧問会社に運用を任せているだけの話だ。国内の信託銀行などにも分散して委託している。たしかに金融が冴えなくて運用損を出したりして、その間も外資の役員や職員は高額の報酬を手にしているのだが、もしそうしなかったとしても役人の息の掛かった人たちが運用してもっと損していた可能性のほうが高かったのではないかと思う。

    たぶん外国の株や債券の比重が高くなったので、国内への投資が減ったのなら日本の経済だけでなく社会資本も含めた日本国民にとって経済植民地のようで良くないことだと思うが、無駄な投資をして役人ばかり焼け太らせることを考えればずっとマシである。…まさか郵貯と簡保がサブプライムにやられてないよね。

    一方でハゲタカファンドなんて言う言葉もあるが、国内の企業が買わなかったものを買っているだけの話だ。官僚はマスコミと一体になって外資へのネガティブキャンペーンを張っているのではないかと私は疑っている。

    日本の公務員は先進諸外国と比べて倍ぐらいの収入があるという。民間企業より安定しているのだからむしろ民間企業より安くていいはずだ。しかも公務員同士が結婚して高収入世帯を作っている。特に地方は格差が大きく、公務員の収入を上回るのはごく一部の民間企業の社員だけだという。このへんちょっと2ちゃんねるのコピペからの情報でロクに調べていないのだが、そう言われてみたら確かに北海道に住んでいた頃の友達の両親は教職員夫婦で、広い庭付きのゆったりした敷地に二世代分の広い家を建てていて見るからに裕福だった。毎年夕張メロンとか送ってくれるので悪く言いたくはないが、その分貧しい暮らしをしている人がいるのだからどうにかしないといけないことだ。

    この問題は色々な問題と複雑に絡み合うので総体的に論じるのが難しい。まず地方分権の問題がある。国がお金を持っていて地方が貧乏だから、国から金をもらうために歪んだ構造が出来あがりやすくなる。道路特定財源の廃止に東国原知事が反対し、その理由を地方の道路整備のためだと言っていたが、そもそも国に代わって地方が金を持っていれば地方は自分たちの利益のために最適な投資をするようになる。国の補助金に頼ると補助金が出やすいものにしか金がいかない。国から地方への財源移譲は官僚が絶対に嫌がるので進まない。

    官僚が現役のときに薄給で働かされるというのも一応問題だろう。安定しているし国を動かすやりがいのある仕事なんだからある程度給料が安くてもいいんじゃないかと私は思うのだが、ものすごい残業をしている人たちがいるらしいし、国会議員に無茶なタイミングで資料を要求されて徹夜で用意したという話も聞く。出世できなかった官僚は民間企業よりも早いタイミングで退職していく。とはいっても、それだけの理由で税金泥棒をしていい理由になるのだろうか。

    赤字国債はなんだかんだで景気対策になっていて日本経済を救っていた、という議論もある。数百兆円の財政赤字を作っておいて何を言っているんだと思う。公共事業で効率の悪い投資が行われた上に、本来縮小されなくてはならなかった建設業界に点滴が打たれ、社会構造の変化を鈍らせた。この歪みでどこかで大きな揺り戻しが起きる。定年退職による自然減だけで制御できるものではない。おかげで情報関係などの新興産業が割を食っているように思う。

    消費税を10%かそれ以上に上げることが現実に近づいてきた。民主党はいろんな意味で不安なところや怪しいところがあり、財政の問題を棚上げにして国民にいい顔をしていると言われているが、消費税を値上げする前に支出を見直すという主張は当然すぎるほどに当然であり、この点だけでも私は民主党に投票しようと思っている。自民党は公務員改革や特定財源の問題を処理しようとして官僚から大反攻を受けて総理大臣が立て続けに辞任に追い込まれたので及び腰になっているのかもしれないが、さすがにここまで大きな問題をいつまでも放置しているわけにはいかないだろうし、いくらバカな国民でもそろそろ問題の大きさに気づいてもいい頃だ。このまま財政赤字が膨らみ続けたら、自分の尻尾を食べている蛇だ。国債に絡む金融業者が利ざやで不当に儲けることにもつながる。

    と少し脱線もしたが、本書は日本という国の特に「虎ノ門」つまり特殊法人が密集するから永田町や霞が関と並んで日本の権力が集中する地域だと作者が名付けたところによる問題を扱ったメジャーどころで最初の本なので、ちょっと古くなっていてあんまり読みやすくもないし楽しい本でもないのだが、活字に慣れ親しんだ人には是非手にとってもらいたい必読の書だ。作者の猪瀬直樹が読者からの不興を買うことを承知で最後に述べているように、国民がこの問題に目を向けなければいつまでたっても解決しないのだ。

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