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    大澤武男 (文春新書)

    傑作(30点)
    2004年6月3日
    ひっちぃ

    親ナチスだったのではないかとも言われる第二次世界大戦下の教皇だったピウス12世ことエウジェニオ・パチェリの生涯とその周辺について紹介した本。

    第二次世界大戦の頃の世界情勢を解説した文章は多いが、その中でも教皇とカトリックを中心に見たものは珍しいのではないだろうか。この見方は当時の状況を読み解く上で非常に興味深い視点と切り口を示している。

    作者が一番に言いたいのは、ピウス12世はナチスのユダヤ人迫害についてなぜ反対の声を上げなかったのか、ということである。その大きな理由について、最終章で以下の三点を上げている。

    ・若い頃にドイツに大司教・大使として赴任して幸せな時を過ごしたことや、教皇になってからもドイツ人を周りに置き、ドイツ文化に強い親しみを感じていたから。

    ・当時はナチスドイツが強大な力を持っており、その前では教会の力など吹き飛んでしまうから。

    ・ドイツに赴任していたときに共産主義者からひどい目にあわされており、あらゆる宗教を否定する共産主義と戦うナチスドイツに期待していたから。

    正直言ってこの本の主題は多くの興味を引くものではなく、なぜ私がこの本を買って読んだのか今考えると不思議なのであるが、興味が薄い割にこの本はそれなりに楽しめた。

    作者の経歴を見ると、ドイツで神学の博士号をとっている。自らのよりどころとなるカトリックの行った罪(とバチカンも認めている)について、調べずにはいられなかったのだろうと勝手に推測する。さらに出来すぎた推測を進めると、作者もまたドイツに深い愛着を持っており、ピウス12世に何かしらのシンパシーを感じたのではないだろうか。

    私が興味深かったのは、共産主義は宗教を否定しているので、欧米の当時の(今も少なからぬ)一般的な人々は恐れを抱いていたこと、キリスト教が広く浸透していた欧米では根強くユダヤ人差別があり、そのことが色々な物事に影響していたこと、共産主義運動のリーダーとなったユダヤ人がいたことなど。ロシアにはユダヤ人が多く移住したというが、その背景にはこんなことがあったのかと大いに納得した。当時の世相を知らずして歴史を読み解くことは出来ないのだということを、この本も含めていままで何十回教えられただろうか。

    ただ私はそれでも、ナチスドイツが本当に組織的にユダヤ人を絶滅させようとしたのかということについてはすんなりとは納得できない。まあそのことについてはこの本の内容とは離れるので別の機会にしよう。

    作者の謙虚な論述は読んでいて気持ちいい。基本的に作者はピウス12世に批判的なのではあるが、一方的な批判をするのではなく、適度に反対の見方を紹介している。歴史の真実に対してへりくだりすぎているわけでもない。陳腐な言い方になるが、作者のバランス感覚は非常に格調が高い。ややじれったさも感じなくはないが、言いたいことはしっかりと言っている。

    短い期間で人類史上最大の惨禍をもたらした第二次世界大戦と、長い期間世界を分断して地球滅亡の危機すらあった冷戦。この二つについて考えるための一つの視点を適度なボリュームで与えてくれたこの本を読んでよかったと思った。

    ただ、作者もあとがきで述べているが、作者自身にバチカンのアーカイブで調べ者をする能力も人脈もあったようなのだが、いまだにすべてをバチカンが公開しているわけではないようで、この本に書かれていることは海外の三人の学者(?)が書いたその方面では有名なそれぞれの文献からとってきてまとめたことが中心となっているそうだ。下手に独自の分析をされるよりずっといいのは確かだが、いつかバチカンの情報が公開されたときにはこの作者自身の情報収集と分析による仕事も見てみたい。…と大して思っているわけでもないが一応言ってみる。

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