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青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない 9巻まで

鴨志田一 (KADOKAWA 電撃文庫)

傑作(30点)
2019年11月18日
ひっちぃ

江の島の近くの高校に通う梓川咲太は、図書館の中でバニーガール姿の女の子を目撃する。彼女のことはどうやら自分以外には見えていないようだった。「思春期症候群」と呼ばれる不思議な現象に見舞われた若者たちが自身の抱える問題と向き合っていく。青春小説。

2018年の冬にアニメ化されたのを見て、こりゃ2018年で最高のアニメだ!と熱心に視聴したのだけど、続きは映画でとやられたので仕方なく原作のほうを読んでみた。面白かったけれど意外と自分の中には残らなかった。

題の「青春ブタ野郎」というのは、主人公の梓川咲太の数少ない友人である理系女子の双葉理央が咲太の戯言を聞くたびに「さすが咲太、ブタ野郎だね」と言うところから来ているんだと思う。咲太はちょっとMっ気がありつつ自分にとって都合のいいことばかり言っているすっとぼけたお調子者。でも学校の中では危ないやつだと思われている。中学の頃に暴力事件を起こしたと噂になっているから。なのでほとんど友達がいない。

咲太には二つ下の妹がいて二人だけで暮らしている。なぜかというと、妹がネットでいじめられて引きこもりになり、そのことが重荷となって母親まで心労でやられたから。精神に強い圧力を受けた妹は、なぜか肉体にも傷を負うという不思議な現象に見舞われたが、いまは落ち着いて引きこもり生活を送っている。おどおどしていてかわいい。でもスマホのバイブレーションを聞くと身がすくんでしまうところが痛々しい。

そんな咲太だから、図書館で出会ったバニーガール姿の女の子のことも放っておけなかった。彼女の正体は子役として日本中に名を知られていたが急に芸能界を引退した桜島麻衣だった。芸能活動に忙殺されていた麻衣は学校にはほとんど行っておらず、難しい距離感もあって仲のいい友人が出来なかった。浅い関係で有名人扱いされたくなかった彼女は、自分をいないものとして考えてほしいと思うようになり、その想いが通じたのか周りから一切構われなくなったと思ったら、いつしか全然関係ない通行人や店の人からも見えない存在となってしまっていた。

でそんなこんなで彼女の症状が進み、彼女のことを知覚できる唯一の人間となった咲太が色々がんばって彼女の問題を解決するところまでが1巻の話となっている。

題にもあるようにバニーガール姿の桜島麻衣は先輩なので咲太よりも年上であり、小さい頃から芸能界にいたせいで大人びているので、咲太はいつも彼女の言うことに従ってしまう。Mっ気があって従順な咲太との二人の関係がちょっとかわいい。たまに咲太が踏み込んで麻衣をどぎまぎさせることもあり、慌てる麻衣もいい。

咲太の友達の同世代で唯一の男キャラである国見佑真はイケメンの上にいいやつで、理系女子の理央がこいつに惚れているのだけど既に彼女がいるのだった。その彼女が咲太のことを毛嫌いしていて、なにかと佑真と関わるなと言ってくるのがウケる。咲太はなぜ佑真がこんな女とくっついているのか理解に苦しんでいるが、かといって理央とくっつけとは思っておらず、世の中うまくいかないもんだぐらいに思っている。でも理央の気持ちは知っているので応援はしている。

各巻でそれぞれのヒロインの抱える悩みが「思春期症候群」となって超自然的な現象を起こすので、毎度咲太が理央の量子力学っぽい知恵を借りて解決していく。1巻は観察者である咲太が現実を変える(?)という量子力学の一番基本的な考え方により解決へと導かれる。2巻では「ラプラスの魔」に重ねて咲太を無意識に超現実に引き込んでしまう少女が描かれる。心の問題が具象化する話は谷川流「涼宮ハルヒの憂鬱」シリーズだとかアトラス「ペルソナ」シリーズとか色々あるけれど、それを量子力学で解釈しようとしているところがこの作品の特徴か。

どのヒロインもかわいいけれど、中でも自分は双葉理央が一番好き。地味で変わり者の理系女子で、明るいスポーツマンキャラの国見佑真のことが好きだけど自分に自信がないのでこの気持ちは伝えられなくていいと思っているところとか、3巻のクライマックスで自分なんてこのまま消えてしまえばいいと吐露するところなんかがグッときた。

でも最初に書いたとおり、読んでじんわり来るのになぜかあまり心に残らなかった感じがする。思い返してみると登場人物の心の奥がフワッとしか描かれていないように思った。1巻だと桜島麻衣の本当は友達を作って仲良くしたかったという気持ち(?)については触れたか触れていないかという程度だったし、2巻はただ自分が本当はこうなりたいという気持ちが漠然と超自然現象を起こしていただけ。3巻の双葉理央だけは分裂した人格が複雑な本心を吐露しているので分かりやすかったけれど、4巻のシスコンにはほとんど具体性がないし、5巻は人工的な人格なので深い理由がない。6巻と7巻に至っては不治の病と強い意志というシンプルで力強い要素を変形タイムリープものみたいな感じで押し切っただけなんじゃないかと思えてくる。8巻で主人公の妹が前を向き始めるのは良かったけれど普通の話だった。既刊9巻まで読んだと思っていたら途中で飽きて読むのを止めていたのを思い出して今日やっと読み終わった。9巻は最初麻衣の話かと思ったら咲太の話だった。筋はまあまあ良かったけれど感動しそこねた。

人がそう簡単に分かりやすく弱みを見せることなんてないんだからこれが自然なんだと言われたらそうなのかもしれないのだけど、やっぱりもう一歩踏み込んでくれないと分からないと思う。自分はなんだかんだでどれもいい話だなと思って読んだのだけど、この作品が予想以上に売れていない(?)ことから考えると、一部の想像力ある読者にしかウケなかったんじゃないかと思う。脳の中で他の作品や自分の経験なんかで補って読まないと伝わってこないってことなんじゃないだろうか。

露骨な心理描写を避けるなら表層の描写を重ねるしかないのだけど、色々と人物描写がおかしいのでうまくいっていないと思う。たとえば2巻に出てくる後輩ちゃんはバスケ部の先輩からの強引な誘いから逃げていたり同級生からの同調圧力に苦しんでいたりするのだけど、そのくせ道端で出会った怪しい男こと咲太の尻をいきなり蹴り飛ばす勇気は持っているというのはおかしいと思う。理央は女子にしてはすごい変人だけど人並みに分かりやすく乙女しちゃってるし、まどかは髪を金髪に染めて家出しているのに名門校に通い続けているし、主人公の妹の作られた人格もオタウケ第一のようで浅い。細かいこと言うと芸能人の麻衣が現役で横浜国立大学っぽい大学に余裕で受かってしまうのも全然おかしいと思う。まあ中学と高校の途中までは芸能活動をせずに普通に勉強していたらしいのだけど。

9巻まで読んでも国見佑真が相変わらず得体のしれないキャラのまま。こいつの彼女のほうはちょっと奥行きを見せ始めたけれどこいつ自身にはまだ笑顔が張り付いていて何も見せていない。そもそも主人公の咲太があれほどお茶目(死語)なのに噂だけで周りから避けられているところに違和感がある。なぜ咲太は国見と理央とだけ仲良くなれたんだろう。偏見なく接してくれたのがこの二人だけだったということらしいのだけど、この説明だけではなんか納得できない。それに1巻の最後であれだけのことをやってしまう咲太の立ち位置が分からない。読者が共感しにくいんじゃないだろうか。

アニメについてどうでもいいことを言うと、後輩ちゃんこと古賀朋絵の声を人気声優の東山奈央がやっていて、自分はこの東山奈央の媚びたような(?)声が大嫌いなんだけど、古賀朋絵の声は好きになれた。こういう奔放なキャラをやってくれるといいなと思う。多分声質や演技の方向性のせいでいい子ちゃんキャラをやることが多いってのも大きいんじゃないかと思う。

なんか辛辣というか作品に対して愛のないようなことを書いてしまったけれど、この作品は自分の中では最高傑作になりえた作品だと思うから余計に色々と考えてしまう。普通に読めば普通に楽しめる作品だと思うので、特に3巻までは読んで欲しい。

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