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お釈迦様もみてる 紅か白か

今野緒雪 (コバルト文庫)

まあまあ(10点)
2008年8月28日
ひっちぃ

伝統のある仏教系の男子校に入学した青年が、ちょっとした不注意によって周囲から浮いてしまい、変わり者で超絶人気者の美形な生徒会長から目を付けられる。それを快く思わなかった生徒会役員の上級生から不当な賭けを持ちかけられ、彼は友情と悔恨に悩む。大人気の少女小説「マリア様がみてる」の世界からスピンアウトした作品。

普通ならこの手の作品を手に取ることはないが、なにせ私の大好きな「マリア様がみてる」の関連作なのですぐさま手に取った。「マリア様がみてる」は古風なお嬢様女子高を舞台にしているが、当初から私は女だろうと男だろうと作品の本質に変わりはないと思っていたからだ。

あんまり筋を追っていってもしょうがないのでいきありその本質とやらの話に入ることにする。

まずやはり友情をテーマの一つに持ってきている。上級生からの不当な賭けで友情が試されるが、主人公の青年は遠慮とか不安があってなかなか踏み込んでいけない。ちょっと女々しい感じもするが、誰でも似たような悩みを持っていたはずである。あまり内容を複雑にせずシンプルに描いている点はやや拍子抜けだがとてもストレートに伝わってきて良かった。にしてもいきなり友達四人連れて来いというのは強引過ぎると思った。

ふと思ったのは、最近の若い人はとにかく友達重視なので、この主人公の青年のようにどこの陣営にも属さずに友達と呼べる人間がなかなか見つからないような状態に耐えられるのか。そんな道を突き進もうとする主人公に共感できるのだろうか。

そうそう。サブタイトルにある「紅か白か」というのは、学内で生徒が運動部系と文化部系にはっきり分かれており、それを源氏と平氏、または紅と白と呼んでいることに因っている。こんな分け方をすると対立の図式が成り立たないように思えてならないのだが、こういう風に学校の中で対立があるなんていう設定にワクワクしてしまう。自分がこの世界の中にいたらどう振舞うだろう、なんて想像してしまう。今後どう描いていくのか楽しみである。にしてもトイレまで自然と陣営に分かれてしまうなんてのは女子的な発想だなあとちょっと笑えた。

姉弟作の「マリア様がみてる」に出てくるような徒弟制度もどきがこの作品の中でも出てくる。烏帽子親と烏帽子子。リリアン女学院のスール(姉妹)制度と比べると幾分緩そうだ。古風なお嬢様学校で先輩が特定の後輩を指導するという仕組みには不思議なリアリティがあったように思ったが、男子校での後見人制度(と確か作中にあった)というのはいかがなものだろうか。私なんかはヤクザがやっているような杯(さかずき)の兄弟みたいなのが良かったと思う。これだったらオリジナルのスール(姉妹)制度よりもむしろ日本的に自然で、図式的にも同じ形に出来たと思うのだが、作者はあえてそれをしなかった(まさか思い至らなかったということはありえないだろう)。ヤクザだとエリートっぽい進学校のイメージが崩れるからだろうか。

2ちゃんねるでは、主人公の青年のあとづけ設定に対しての批判があった。いくらスピンアウト作品とはいえ、元の作品に出てきたキャラへのあとづけ設定が安易すぎるということらしい。しかし元の作品での祐麒(主人公の青年)はおおむねチョイ役(といっても元の作品の主人公の弟であり隣接校の生徒会役員であることから色々関わってくるのだが)である。語られなかった設定の範囲としてこのぐらいは当然だと思う。むしろ問題にしたいのはその中身のほうだろう。野球って。リトルリーグのピッチャーだったって。肩を壊して断念したって。ありっちゃあありなのだが、ちょっと微妙だなと思った。設定に目をつぶったとしても、この野球がらみで友達を不幸にしたと自責の念を持っているという描写はいまいちだよなあ。救いとして比較的あっさり描かれているのでそんなには気にならなかった。この作者は人間の機微を描くことにかけては超一流の人だと私は思っているのだが、時々こんな感じに三文芝居を描きたいという欲求が顔を出すように思う。

登場人物に関して言えば、おかまキャラの有栖川金太郎はおおむね期待通りの出だしかもしれないが、腐女子的にはもっといじられる(いじめられる)可能性を残しておいて欲しかったと思う。いきなり烏帽子親が決まったことで誰も手が出せなくなってしまったのは面白みがだいぶ失われたと思う。

体育会系の高田鉄は「マリア様がみてる」ではまさにほんのチョイ役だったが、この作品でだいぶ血肉が与えられた。名前もかっこいい。鉄と書いて「まがね」と読ませるところが。あっさりとした直情径行ぶりに早くも好感が持てる。

理数系の小林は主人公の相方と呼べる位置づけだと勝手に思っていたのだが、この一作目ではあまり大した位置づけを与えられなかった。これからきっと大きなエピソードがあるのだと思うので楽しみにせざるをえない。

この一作目の影の主役は主人公の敵役の上級生アンドレ(安藤礼一)だが、このツンデレぶりはどの程度読者に受け入れられるのだろうか。私自身はあまり趣味ではなかったが、それでも不快ではなかったしそれなりに楽しめなくもなかった。

生徒会長の柏木優については多少の違和感を感じなくもなかったが、同性相手のほうが地の性格が出るものだろうからこれでよいのだと思う。一つ気になるのはホモ疑惑描写をはっきり用意してしまったことで、安易なサービス精神でやったのだとしたらこれをどう収集するのか気になるところだ。あまり深く考えるほどのことではないのかな。

ベテラン作家の風格か、結構流して書いている感じがした。危なげな部分も「こんなもんだろう」と適度にあっさり書いているように見える。良くも悪くもエンタテイメント作品に仕上がっているんじゃないだろうか。正直言って私はこのシリーズに多くを期待するのは無理だと思った。

せっかく男子校を舞台にした物語を描くのだから、女子高では無理だったことをもっとどんどん詰め込んでいって欲しい。このままだと焼き直しにすらなっておらず、単なる遊び心のようにしか見えない。対立の図式をもっと利用してほしい。生徒会役員一極集中ではなく、源氏と平氏の親玉みたいなキャラを登場させて華々しくやってほしい。

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